変わらないもの、変わるもの、変えてならないもの、変えていくもの

 

我々が住むところの国土は、地球の表面のごく一部である。一部ではあるが、地球の存在システムの中に取り込まれているもので、それに逆らって制御することはできない。いわゆる自然の真っ只中に存在しているということを改めて、今回の大震災で再認識した。新聞やテレビ等で、今後の復旧や復興、支援等についての意見や知見が報道されていて、参考になるものも多い。とりあえず、被災者の生活支援は極めて重要ではあるが、震災前と同じような復興では同じような災害を受けることは必定で、今回の学習効果というか反省を生かしたものの新しい発想が求められているという点では共通している。このような意見についてどのように集約化していくかということは、まさに政治指導になるものと思われるが、既存の組織改変を含めた大胆な国の施策が必要になる。わかりやすい例で言えば、復旧をいわゆる原状回復という視点では、同じ被災対象になるわけで、ここは大きな時間軸を持った未来を指向する大胆な土地利用についての知恵が求められることになる。場合によっては、不動産の一時国有化ということもありうるものである。

ところで、復旧・復興における人文的、社会的な対応はすべて、国土という自然環境が存在することが前提になっているわけで、この自然を間違いなく理解していくことが必要である。我々はこの自然について、意のままにその形状は改変ができても、自然の営みまでも変えることはできない。本来、自然の営みと自然の形状の有り様は一体であることを十分に認知する必要がある。


(1)“想定外”という災害 〜時間軸、思慮の範囲が狭小、歴史・地理教育〜

 このたびの大震災に当って、未曾有とか想定外という表現がされている。想定というのは、仮に考えていることであるので、想定外ということは自分たちが設定していた範囲を大きく超えたということである。そうなると、設定していた根拠が不十分であったか検討不足であったということになる。これを人智の及ばないところであったということにしてしまうのだろうか。

しかし、最近の内陸地震を見ても、危険とされていなかったところで多くの発生を見ている。2000年鳥取県西部地震、2004年新潟県中越地震、2005年首都圏直下地震、2007年能登半島地震、2007年新潟県中越沖地震、2008年岩手・宮城内陸地震のどれもが想定外であった。そして、新潟県中越沖のときの柏崎・刈羽原子力発電所では将来起こるであろう最強の地震を越える揺れがあった。

このことからも、我々が想定していた最強の地震とか、現実的でない限界的な地震は、実は自然を軽く考えていたのか、考える視野が狭かったのかということを感じる。そういう意味では、今回のような想定外の地震は、自然からの警告であるかもしれない、次世代のために人類に突きつけられた試練のような気がする。我々は後世に何を残せるのだろうか。

特に、地震の場合には、発生するメカニズムが解明したからといってもいつどこでどのくらいということを一義的に予知することは不可能である。そこで、いままでの発生したあらゆる傾向を知っていくことが重要であるが、明瞭な資料は極めて限られているし、痕跡を探すにしても極めて限定的である。ただ、いえることは自然の営みのサイクルと人類の生活サイクルには大きな標尺の違いがあるということである。つまり、1000年という時代を長いというか、一瞬というかで頻度とか傾向という概念に違いがでてくる。地震は自然現象である故に、自然のサイクル、スケールの中で考える必要があるということだけは確かである。自然は同じことは繰り返さないが、類似のことは行動し何かに収束している。なぜなら地球は生きている星であり、常にひずみを較正してバランスを維持していると考えられるからである。現在でも沈下や他の地殻変動は継続されているであろう。特に、津波被災域での安易な地盤への対応は慎重でありたい。

(2)自然の一員としての自覚を持つ

   〜自然の営みの中でのスタイル、トレードオフとミチゲーション〜

 我々は、人類誕生以来、土地を生活の基盤として活用してきた。当初は洪水や土砂災害、火山噴火などの被災を経験しながら生活が活性化する方策を工夫してきた。おそらく、当初は自然災害に注意することに心配りをしながら生活していたのだろうが、生活のレベルや産業が発達してくると、テリトリーの拡大のほうにウエイトが移って、場を求めることだけになってきた。その結果、地形地質的なことを無視した自然の改変が日常的になされてきたものと思われる。何か災害があるたびに、問題視されはするが、いわゆる災害復旧が行われて、“もの”で対応してきた。この対応程度で済む間は何とかなったにしても、自然は強大で、まさに忘れた頃に思い出させるような大きな事件が起きる。

我々の人生はせいぜい100年、自然のサイクルに比べればなんと瞬間的な長さであろうか。

しかし、我々は、全く自然を無視して生活基盤を形成してきたわけではない。できるだけ、自然と共生しようとしてさまざまな対策をしてきたが、大きな自然のサイクルの中では些少なことであったということで自己満足であったのかもしれない。

今回の津波災害では、想定される範囲で防潮堤を築き、避難訓練をしてきたが,それを越える津波が襲ってきたことは確かではあるが、過信は無かったのか。本当の意味での防災都市、避難に対応した街づくりがなされていたか、秩序のない生活空間を知らず知らずのうちに形成していなかったのかということを真摯に考えて見たい。


(3)震災から何を学ぶのか?

   〜災害と呼ぶ傲慢さ、ハードとソフトの限界、高度情報技術の開発と利活用〜

 今回の震災に限らないが、反省していたり失望していただけでは始まらない。一番大事なことは、いかに後世へ正しい情報を確実に伝えるかということである。実は、これが大変難しく、同じ過ちを繰り返している反省が常にある。

情報は、ある意味で一過性であり、継続して質的向上を図っていくことは、まさに我々が業務を行う上で、信条としているところの「価値向上」である。

そのためには。セオリーどうりに情報収集、分析、評価、伝達、応用のシステムを構築することが必要で、個々の機関や組織が縦割り的に実施していたのでは情報が死蔵することはいままでの経験でも明確である。これが確実に機能すれば、今後の復興に対しても、極めて価値のある提言が生まれてくるものと確信する。いま、政府では復興構想会議を組織するといわれているが、夢のような話や理想論を言い出しても提言にはならない。ここは、会議ではなく確実に構築できる提言への道作りができるシンクタンクの構築こそ重要なことである。船頭を絞ってスピーデイに進めるためにも既存の国内外のシンクタンクを核にして、水平展開していままでと異なる斬新な機関の創設を期待したいところである。われわれは、それを支えていく一角にある。


(4)専門技術者として何ができるのか?

〜土地の安全性、業際・学際領域、行政への提言、何のための集団か〜

 まず我々が、いままでの技術を駆使して復旧に貢献していくことは重要である、ただ、今までの災害復旧的な考えではなく、今後の対策を踏まえた全体像の中で考慮するという視点を持ち続け、行政をリードしなければならないと思う。

そのためには、今回の災害がいかなる災害であったのかを正確に把握して技術関係者が共有すべきである。特に、インフラ整備は早急にということで全体を見ない個々の場当たり的な対応になりやすいが、少々時間がかかっても周到な全体計画の下に整備することが必要である。つまり無くなったものや機能を失ったものを復元、回復するだけを主とするのではなく、新たな地域作りをしていく、防災都市を創生するという考えで行う必要がある。もはや、自然に抵抗すべくハードなものだけではなく、様々な方法を駆使して、知恵を組み合わせていく新しいシステムが必要である。

例えば、津波対策として高台を造成して住宅化するという方法は、一つのアプローチではあるが、どのようにして地域産業を活性化するのか、浸水区域に対してはどのようなガードをするのか、高度情報技術をどのように普及するのか、車社会をどのように防災・減災へ結びつけるのか、ライフスタイルの問題を含めての総合的な対応が必要である。

このように考えると、我々は、いま以上に学際、学際領域への理解と協力が不可欠になる。

協会、団体、学会などが、いまこそ力量が問われるわけで、まさにマネージメントが期待されていると思われる。個人的には、とにかく所属するところで、何ができるのかを議論することに参加していくことが必要である。

建設技術者としては、まず復興に際しては土地の安全性に重点を置いた提言をしていきたいと思う。ややもすると、浸水範囲と浸水高だけを指標として復興するようなことがないように、最も自然のサイクルについての知識を有しているものの意見を取り入れられるようにしていきたいと思う。そうでないと、復興ではなく単なる整備ということになって、防災力の向上という価値向上になっていないという、もとの木阿弥だけは避けたい。反省をこめて言わせていただくと、これからは技術を過信せず、自然の一員として享受するという姿勢で、自然からの恩恵を忘れずに新たな文化を構築して後世につなげるための礎石になりたいと思う。そのためのキーワードは“総合化”であり、「人」は防災教育をベースにしてのコミュニテイづくり、「もの」は自然のシステムを理解した環境との調和と活用、 「情報」は機能の高度化による普遍化を目指す必要がある。           

以上